すっごく仲が悪い奴がいた。

無愛想でノリが悪くてつっけんどんなイヤなヤツ。

一度そいつの前でふざけたら、向こうが怒って大喧嘩になっちゃって、
以来青学の中等部を卒業するまで一言も口をきかなかった。

その子が昔ひどく苛められたことがあって、
誰にも心を開けなくなっちゃってたことを知ったのは
オレが青学の高等部に上がってからのことだった。


   ゴメンね。


高校生になって初めての夏。

中間テストも期末テストも何とかクリアして、オレも無事に夏休みに入ってた。

勿論、高校になってからもテニスはやってたからあっつい中部活があったけど
それでも中学ん時の同級生とか後輩に会ったりしてそれなりに楽しい休みを過ごしてる。

でも……

「ハア…」

町の図書館の中、オレは机に肘を突いてため息を吐いてた。

「英二、ため息ついても宿題は出来ないぞ。」

向かいに座っている大石が言う。

意外かもしんないけど、中学ん時にダブルスペアを組んでた大石は
オレと一緒に青学の高等部に上がったんだ。

手塚とか不二とか乾とか外部を受験した同期が多い中、
学年トップだった大石は何故か外部を受けなかったんだよね。
大石のことだから多分思うとこがあるんだと思うけど。

って、それはともかく。

「宿題のことじゃにゃいもんねー。」

オレは大石の発言に反論した。

そう、ため息の訳は宿題じゃない。
いくらオレが勉強苦手ったって高校生にもなって宿題やってる最中に
ため息なんて吐かないよー。
それも図書館で。

「じゃあ、どうしたんだ?何か悩みでもあるのか?」

中学の頃から知ってるけど、大石ってつくづくいい人だにゃ。

「あのさ、」

オレは肘を突くのをやめて言った。

「急に思い出しちゃったんだ。」
「何を?」

オレはここでもっぺんため息。だって痛い事思い出したから。

「大石、って覚えてる?」
「英二…」

大石はオレが何のことを言ってるのかすぐわかったみたい。

「まだ気に病んでたのか、あの時のこと。」
「うん…」

言われてオレは机の上のノートに眼を落とす。

ノートには宿題のレポート用にいっぱい本から写したのが書いてあったけど、
それが全部只の文字の羅列に見えた。

「オレ、あん時にすっごくヒドイことした。でもオレ馬鹿だったからさ、謝れなかった。」

急に何かがこみ上げてきて、オレは唇をかんだ。まさか図書館で泣く訳に行かない。

「今でも思い出すんだ。あいつと喧嘩した時、あいつ泣いてたの。
どーしてあの時気づいてあげれなかったのかなって思ったらさ、痛くて…」
「そうか、お前も辛かったんだな。」

1人でブツブツと呟くオレの話を黙って聞いてくれてた大石は、
オレが喋るのをやめるとこう言った。

「それで、英二。お前はどうしたいんだ?」
に謝りたい。今更かもしんないけど…このままじゃオレ、
ずーっと後悔したままになっちゃう。」
「じゃあ、そうすればいい。」

大石はあっさりと言う。

そう。確かに大石の言うとおり。
でも…

「でも、」

オレは言った。

「俺、怖いんだ。が許してくれないんじゃないかって。
今更会ってなんかくれないんじゃないかって。」
「英二。」

大石が言った。

「行ってみないとわからないだろう?
それとも、このまま後悔したまま過ごすのがいいのか?」
「ヤダッ!」

オレは思わず立ち上がる。
瞬間、周りの人が一斉にこっちを見たので、俺は慌てて座りなおした。

「そんなの絶対ヤダ。」
「なら、答えは1つだな。」

大石はニッコリ笑って言った。
オレの気のせいかな、そん時大石はすんごく嬉しそうにみえた。

☆ * ☆ * ☆


多分、あの時はオレももあまりに子供だったんだと思う。

だから、お互いのことなんて全然わかってなくて、
でも気づいてからも引っ込みがつかなくなっちゃって
どうしようもなくなったんじゃないだろうか。

大石と別れて図書館から帰って来たオレは早速中3の時の名簿を探しにかかった。

言うまでもなく、の住所を調べる為だ。
だって謝りに行こうにも家どこかわかんないんじゃどーしようもないもんね。

てな訳でオレはさっきから自分の机を探っているんだけど…。

「う゛ー、にゃいよー。どこやったんだろ。」

机の中を引っ掻き回すけど、探し物は出てこない。
同じ部屋の兄ちゃんが一体何事かと目を丸くしてるけど、今それどころじゃにゃいんだよね。

「ここだっけ?」
「いや、こっちか。」
「あ゛ーっ、この引き出しにもないー。」

あんまりにもオレがガサゴソガサゴソやってるもんだから
とうとう兄ちゃんがお前何探してるんだ、と聞いてきた。

「中3の時の名簿ー。さっきから探してんだけど全然出てこないんだよね。」

オレは言って、もっぺん自分の机を探る。
すると兄ちゃんが言った。

“お前、高校に上がる時、名簿処分したじゃないか”と。

「……マジ?オレんなことしたっけ?」

兄ちゃんは肯いた。

「うあぁぁぁぁぁぁぁー!!」

オレは思わず頭を抱えて叫んだ。

「オレのバカバカバカー!何でんなことしちゃったんだよー!!」

あんまりにもオレの反応がおかしかったのか、兄ちゃんは一体名簿なんて引っ張り出して
どーするつもりなのか聞いてきた。

でもそんにゃの、決まり悪くて言えるわけないじゃん。

「んー、ちょっとねぇー…」

オレは言葉を濁した。

……こーなったら仕方ない。
非常手段に訴えるにゃ。

俺は自分の携帯電話を引っ掴んで、部屋を出ると(兄ちゃんに聞かれたくなかったから)
携帯電話から登録してる電話番号を呼び出した。

 プルルルルル プルルルルル

『もしもし。』

コールの後、なじみの声が電話の向こうから聞こえる。

「あっ、不二!オレだよ、オレ!」
『英二?やぁ、久しぶりだね。』
「へへへー、元気してたぁ?」
『まあね、学校にも慣れてきたし。英二は…相変わらずみたいだけど。』

相変わらずって、それじゃオレが全然成長ないみたいじゃんよー。

オレは思わずムスッとする。

『あ、今怒ったでしょ。』
「う゛…そっちこそ相変わらず鋭いにゃぁ。ガッコで怖がられてない?」
『クスクス、そんなことないよ。ところで英二、急に僕に電話なんてどうしたの?』

不二に言われてオレはハッとした。いけない、危なく忘れるトコだった。

「あ、あのね、実はさぁ…」

兄ちゃんが部屋から出てきそうな気配がしたからオレは高速で不二に用件を伝えた。
不二は何か不思議そうにしてたけど、オレの頼みにオーケーを出してくれた。

☆ * ☆ * ☆

笑われるかもしんない。

今更そんなことしたってもう遅すぎるって。
きっと本人も覚えてやしないさって。

それでも、オレは……


次の日のお昼、オレは不二の家にお邪魔していた。

「まさか英二が急に『中3の時の名簿貸してくれ。』なんて
言ってくるなんて思ってもみなかったよ。」

オレンジジュースのグラスをオレに手渡してくれながら不二は言った。

「御免ね、ホントいきなし。」

オレはジュースを一口すすりながら言う。

「いいよ、別に。ただ、どうしたのかなって思ったもんだから。」
「ん…」

ジュースをもう一口すすろうとしてオレは手が止まった。

胸がまた痛くなった気がする。

うな垂れてしまったオレを見て、不二も何か気づいたんだと思う。
次の瞬間、不二はこう口にした。

「……さん絡み?」

オレは思わずバッと顔を上げた。

「にゃ、にゃんで……」
「何となく。」

不二は中学の頃から変わんない笑顔で答えた。

何となくって…相変わらず怖ぇ〜。

「中学の時に大石と揉めちゃった時と雰囲気が一緒だなって思ってたんだ。
英二のことだから、後で気づいて後悔してんじゃないかなって。」

………こうも綺麗に言い当てられたらにゃんか寒気がするなぁ。
そりゃ、否定の余地なんて全然ないけどさ。

「馬鹿だと思う?」

オレはジュースのグラスを両手で持ったまま尋ねた。

「今更後悔して、今更謝ろうだなんて、虫が良すぎると思う?」
「わからないな。」

不二は言った。

「そればかりは向こうがどう思うかによるだろうから。
でも僕は、後悔したまま動かないでいるより余程いいと思うよ。」
「不二…」
「それがわかったらさっさと行った方がいいよ。はい、名簿。
さんが引っ越してなけりゃいいけどね。」
「だったら居場所探すまでだもんね。」

オレは言ったけど、不二の顔を見てこう付け加えた。

「勿論、ストーカーと間違われないように、だけど。」

☆ * ☆ * ☆

勝手に思ってるだけだけど

君なら拒まないような気がする

こんな馬鹿みたいなオレの話でも
君ならきっと聞いてくれるんじゃないかって

そう思ってても、構わにゃいよね?


ってな訳で不二んちを出た後の俺の行動は早かった。

オレ良く落ち着きがないって言われるけどホントその通りだよね、
自分で言うのもなんだけどさ。

今日だってさっき不二んちに居たかと思ったら今は電車に乗ってるし。

向かってる先は…勿論、が住んでるところ。
向かってるはいいけど、俺はのとこに電話すら入れてない。

情けないけど、やっぱ何かコワくて。

窓の外を流れる景色を眺めながら、オレは一体自分は何やってんだろうと思った。

これでが留守だったりしたらお笑いだよね。

…………。
うー、ダメダメ!!考えたってしょーがないっての!!

そのうち、電車は目的の駅に着いた。


電車を降りて改札を出たオレはさっそくメモ片手にの家に向かった。

つっても、実はこの辺全然知らにゃいんだよね。

だから駅を出た後のオレはキョロキョロしながらその辺をウロウロウロウロしてた。

曲がり角を見つけてはいやこっちは違うと思い直し、横断歩道を渡っては
間違った、と引き返しそんな間抜けな状態の繰り返し。

そんでもって今オレはどっかの住宅街に紛れ込んでた。

これはかなりマズかった。
何たってえーと…閑静な住宅街っての?
それだったから、人に聞こうにも辺りには人っ子一人居なくてシンとしてたんだ。

まさかいちいちどっかの家で聞くのもどーかと思うし…
うう、こんなんで大丈夫かなー。駅の近くで先に人に聞いときゃよかった。

ホンット、オレって慌てモンだにゃぁ。

「ハアァァァァ。」

オレは半分やけくそでその辺をほっつき歩いてた。

困ったことにこの辺がどの辺なんだかすらよくわかんない。
一応、元来た道を戻ることは出来るんだけど何か馬鹿みたいに
突き進んじゃったもんだから戻る気にもならなかったんだ。

大体、この辺ってどーなってんのさー!
ここがどこなんだか書いてるもんが全然見当たんないし!

……って言っても仕方ないけど。

「ハアァァァァ。」

とある歩道橋の上、欄干にもたれて下を通る道路を眺めながら
オレはもっぺんため息をついた。

「マジでこれからどーしよ。こんなんじゃ時間ばっか食っちゃうじゃん…」

ブツブツどっかの学校の誰かみたいにぼやいても意味ないし。

オレはちょっと休憩することにした。
よく考えてみればこのクソ暑い中ウロチョロしてたから頭はオーバーヒートしてるし
喉も渇いてる。
うわっ、下手したらオレ熱中症で倒れてんじゃん!

オレは欄干に肘をついてどうしようかなぁ、とぼんやり考えた。
とりあえず一旦駅からスタートしなおそうかなぁ。そんで人に聞いた方がいいよね。
喉も渇いてるからついでにコンビニで何か買って飲みたいし。

そんなことを考えてるその時だった。

「………菊丸?」

急に女の子の声に呼ばれてオレは思わず飛び上がった。

誰?!来てるのに全然、気がつかにゃかった。
オレは慌てて声のした方に顔を向ける。

歩道橋の向こうに、半袖のブラウスに黒のプリーツスカートを着た女の子が立っていた。
部活にでも行ってたのか、片方の肩にはおっきな鞄をかけている。

…」

オレは呟いた。

ついこないだまでおんなじ教室に居たあの子が、今そこに立っている。

着ているものは違ってても、あの時と変わんないままで…

「まさかお前がこんなトコにいるなんて思わなかったな。」

が苦々しげな顔で言った。

無理もない、と思う。
大喧嘩をして口をきくこともなく別れた相手がこんな橋の上にいるんだから。

一瞬、何とも言えない沈黙が流れた。

オレは自分がどうしてここにいるのかに言わなきゃなんない、と思った。
でも情けないことにこんないざって時に限ってうまく口が動いてくれなくて…

出てきたのは

「あー、えーとさ………」

なーんて間抜けな声だけ。

しまい目にはオレを不審そうに見てから自分の後ろに伸びる道を指さしながら
こう言った。

「……向こうに公園があるんだけど、そこ行かないか?ここ、暑いし。熱中症で
倒れたいんなら話は別だがな。」

反対する理由がなかったので、オレは首を縦に振った。

☆ * ☆ * ☆

ホントは多分知ってたんだ

君が優しい人なんだって

だからオレは君の優しさに甘えてたんだと思う

ちょっとくらい無茶言ったって、君なら受け止めてくれるって

そう思ってたからオレは、自分でも知らないうちに君を傷つけて

君がオレに冷たくするのを、君のせいにしちゃったんだ

ねぇ、こんなオレを許してくれる?


オレはに案内されるまま、歩道橋を渡ってそっから真っ直ぐ進んだ先にある
公園に向かっていた。

歩いてる間、は何も言わなかった。
ただ、オレの斜め前を、ほんの少し距離を開けて歩いてるだけ。

別に何でこんなトコをほっつき歩いてんのかとか
何でお前と今更会わなくちゃならないんだとか一言も聞こうとしない。

その間にもやっぱり辺りには人の気配が全然なくて、
オレは一瞬自分が夢を見てんじゃないかって
柄にもない不安を抱いた。

そうして4,5分ほど歩いた頃、とオレはとある小さな公園に着いた。

はっきり言ってすっごく寂れたトコ。滑り台やブランコの金属のとこは錆びまくってるし
砂場には何でかしんないけどビニールシートが被せられて遊べなくなってる。

はそんな公園の片隅のベンチにオレを連れてって、そこにオレを座らせた。

「どうだ、涼しかろ?」

言っては自分もオレの横に座る。やっぱり少し距離を置いて。

「ああ、そうだ。」

は何か思い出したのか、肩にかけてた鞄をゴソゴソと探り出した。
ちょっとばかりして、は水筒を引っ張り出して蓋を開けるとお茶を注ぎだす。

「そら。」

目の前にお茶の入った蓋を突き出されてオレはちょっとビクッとした。
一方のはそんなオレの様子に何か思った様子もない。

「喉渇いてるだろ?まさかあんなクソ暑いトコに居て、水分抜けてない訳でもあるまい。」
「あ、さ、サンキュー…」

礼を言って蓋を受け取りながらオレは改めて、横に座る女の子をじっと見た。

制服や鞄を除けばは、あの頃と全然変わってなかった。

そりゃ、まだ中学を卒業してから大して経ってるわけじゃないけど
女の子って、大抵学年が上がってくとドンドン大人っぽくなったり
派手になったり結構様変わりする。

事実、青学でも女の子達は高等部に上がると随分雰囲気が違ってたりするもんだ。

でもは本当に変わってない。

どっか男の子くさくてどっか古臭い物言いも、落ち着かないのか
人とあまり合わそうとしない眼もちょっと愛想は悪いトコも密かに親切なトコも。

「ハアー」

貰ったお茶を口に含んでからオレは初めて自分が相当に渇いてことに気がついた。

「生き返ったにゃぁ〜。そういや駅着いてから全然なーんも飲んでなかったもんなぁ。」
「お前無茶すんなぁ、記録破りの猛暑とか言われてるこのご時勢に
水なしで一体何やってたんだよ?」
「いや、ちょっとね…」

お茶を飲みながらオレは一瞬言いよどんだけど、すぐにそうだ、言わなきゃと思い直した。

「オレさ、実はに謝りに来たんだ。」

オレはお茶を一気に飲み干して、空になった水筒の蓋をに返した。
それを受け取ろうとしてたの手は、俺の言葉を聞いて一時停止する。
ゆっくりとその視線がオレの視線に向かって上がっていく。

「覚えてる?中3の時に2人で大喧嘩になって、不二に割って入られるわ
挙句に他所のクラスの大石まで仲裁に入って…すんごいことになっちゃったこと。」

「ああ、そういえばそんなこともあったな。」

は掠れた声で呟いた。

「確かお前が私に『おーい、ゲロンパ!』なんて言って私ブチキレたんだよな。
私、昔そんな呼ばれ方で嫌がらせされてたから、ついそれ思い出してカッとしてさ。
お前の方はそんなこと知らなくて、冗談のつもりだったから私がキレたせいでプツンって
来てえらいことになったっけ。」

……やっぱりは覚えてた。
オレの胸の奥がズキリと痛み、あの時のことが脳裏に蘇る。

『菊丸っ、テメー、今何つった?!』
『!! 何で怒るんだよ?!』
『ウルセェッ、二度とそんな呼び方してみろっ、その首絞めてぶっ殺すぞ!!』
『何だよ、たかが仇名くらいでそんなカッカしなくてもいいだろ!!』
『ウッセーつってんだろがっっ!!』
『うっわ柄悪っ!サイテーだにゃ!』
『あんだとコノヤロ、何も知らねぇ癖に!!
 知ったよーなことベラベラ言ってんじゃねーよ、謝れ!
 今言ったこと、取り消せよ!!』
『何で冗談しただけなのに謝んなきゃなんないのさっ、この被害妄想!!
 そんなんだからみんなに 嫌われるんだよっ、バカバカバカ!!バカ!!』
『テメーーーーーーーッッッ!!!!』


「オレ、あん時ににひどいこと言った。しかも自分で全然わかってなくて
に追い討ちまでかけちゃった。」

は今度は返事をしなかった。黙って俺の話を聞きながら水筒の蓋を元に戻していた。

「あん時結局喋んないまま卒業しちゃったけどさ、後でオレ聞いたんだ、さんから。
が昔苛められてて、誰も信じられなくなっちゃってたんだって。」

は低く、の奴余計な事を、と唸ったけどそれ以上は何も言わない。

「だ、だからさっ、オレっ、謝ろうと思ったんだ。だからわざわざ住所まで調べてさ…」

あーもー、何ゴチャゴチャ言ってんのさっオレ!!
さっさと言うべきこと言えっての!!

、ゴメン!!」

オレは立ち上がってに頭を下げた。

「本当に、ゴメン。オレ、馬鹿だったんだ。あの時、が泣いてたのも知ってたのに
自分は悪くないってそんなことばっか思ってて、逃げてて、オレ……」

言ってるうちにオレの目の前がユラユラ揺れてかすんでくる。

「ゴメンっ!!今更だし、許してなんて言わない、だから、だから……」
「菊丸。」

こらえきれずにボタボタと涙を落とすオレの頭の上で優しい声がした。
いつの間にかも立ち上がって、オレの頭をポスポスと叩いている。

「もういいよ。」
…?」
「もう充分だって言ってんだよ。」

顔を上げたら、は微笑んでいた。

……許してくれるの…?」

聞いたらはちょっと顔を赤くして照れたように呟いた。

「私はさ、そんな風にしてまで謝られて『許せない』なんて言えるタチじゃないんだよ。」

その言葉を聞いた途端、俺の中から今まで重くのしかかってたものが
あっという間にどこかへ飛んでいってしまった。

「優しいんだね、ってさ。」
「優しかないよ、ただ馬鹿なだけ。」

は言った。

「ゴメンよ、菊丸。」
「?! にゃんでが謝るのさ?」
「だって、私だって菊丸が事情知らなかったってこと考えるべきだったのに
いきなし頭から怒鳴っちまったからさ……。
冷静にちゃんと説明すりゃ、菊丸にこんな思い、させることなかっただろ?」

言いながらはうな垂れる。

「ホントは……謝りたかったのは私だよ。ゴメン、本当に。」

一体、はどこまで優しいんだろうか。

「いいんだよ、オレもう怒ってにゃい。ねぇ、もうやめよ、ね?」
「うん…」

は今度は本当に笑った。

それでオレは気がついた。
自分は中学の時に一度もこんなを見たことがなかったことに。

「そーいやさ、制服着てるけどどしたの?部活?」
「ああ、社会科研究同好会に入っててな。今度文化祭に向けて
作る掲示物のことで話合ってたんだ。
菊丸は?まだテニスやってるんだろう、無論?」
「無論って……うわー、オヤジくさ…。」
「失敬な、日本語は間違ってないはずだぞ。」
「そりゃそーだけどさ…」

そうして、オレとは誰も居ない公園で2人、他愛もない話でずっと盛り上がってた。

もっと早くにオレが気づいてれば、同じ教室に居た頃もこうして盛り上がれたかもしれない、と
思うとまたちょっと胸が痛んだけど過ぎたことを言っても仕方ないと考え直した。

少なくとも、オレが今日やったことには間違いがないから……。


☆ * ☆ * ☆

昔の間違いはもういいんだ

君がもういい、と言ってくれてる限り、それはオレにとっての絶対の決まり

ただ思うのはいつまでも、君とオレが笑って話が出来ればいいと

それだけを……


「じゃあ、ちゃんと自分で決着はつけられたんだな?」

に会った後日、とある喫茶店で大石が言った。

「うん、も許してくれた。しかも向こうもゴメンって言ってくるんだもん、参ったにゃ。」

オレは言ってクリームソーダをストローでかき回す。
大石は心底ほっとした顔で自分のアイスティーを一口すすりながらこう言った。

「向こうも辛かったんだよ、きっと。自分の不信感のせいで英二を傷つけたって、
そう思ってたんじゃないか?」
「うん、多分そうだと思う。優しすぎるんだよね、って。」

あの時はほとんど気がつかなかったけど。

「とにかくよかったよかった。ホントに俺はホッとしたよ。」
「ゴメンねっ、心配かけて。」

オレはソーダに浮かんでるアイスクリームをパクッと一口入れて、ふと窓の外を見る。

「あれれ?」

オレの様子に大石も気がついたらしい。

「英二、あそこで手を振ってるの、さんじゃないか?」

窓の外に白いノースリーブのブラウスに同じ色のスカートをはいた女の子が
パタパタとオレに向かって手を振っている。

どう顔を見ても、間違いがなかった。

…!」

オレは思わず立ち上がって店を出ようとした。

「英二。」

けど、大石にシャツの裾を掴まれて足止めされてしまった。

「まずは勘定を済ませような。中学の時みたいに、どさくさに紛れて俺に
奢らせようたってそうは行かないぞ。」

…………不二並みのスマイルを浮かべて言う大石にはどことなく威圧感があって
ちょっとコワい。
うー、大石も学習したなぁ。

しょうがないのでかなり面倒だったけど、オレはお勘定を済ませてから
慌てて喫茶店の外に走り出した。

ドラマみたいに感動的には行かないもんだにゃ。

!」
「よお、菊丸。今日はちゃんと水分取ってたみたいだな。」
「アハハー。はどったの、こんなトコで?」
「ああ、例の社会科研究同好会の掲示物の為にな、
ちっと図書館で調べ物をしてたとこなんだ。
そんで帰ろうと思ったら丁度見かけたもんだから。」
「そっかー、熱心だにゃ。」
「菊丸は、相変わらず宿題溜めてんのか?」
「してない!オレだってもう高校生だもんね!」
「おお、それは結構なことだ。」

オレ達が話してたらそこへ大石も加わって、ますます話は盛り上がった。

ついでにせっかく会ったからということでオレ達は3人でその辺を散策することになった。

「あ゛ー、毎日毎日あっついにゃぁ……」
「私が思うにお前はペットボトル常備しといた方がいいんじゃないか?脱水症状起こして
猫の干物になった日にゃ末代まで青学中の笑いモンだ。」
「ちょっとちょっと、オレをホンモノの猫みたいに言わないでよね!」
「……ゴメン、そうじゃなかったのか?」
「あーっ、ひどいー!大石ー、今の聞いた?!」
「ハハハ、仲が良くて俺の居場所がないな。」
『!!!!????』
「あ、イヤすまない、冗談なんだが。」
『大石────っ!!!』

そんなこんなでオレとは今日も笑いあう。

オレがあの時自分から動かなかったら、今のこの光景は有り得なかっただろう。

だから、オレは思う。

いつまでもこれが続きますように、と。

何年経っても、と笑い会えますように、と。

それがオレの………


               おしまい。




作者の後書き(戯言とも言う)

やっとこさ出来た菊丸夢第2弾。
今度はちょっと未来Ver.にしてみました。

何だか菊丸少年が悪者くさいですが、別に他意も恨みもありません。
ただ、彼にはこういうことが有り得そうだなと思って書いてみました。

本文は夏休みでしたが、撃鉄がノロノロしてたのでアップが9月に…(-_-;)
ま、大学生の方の中にはまだ夏休みって方もいらっしゃるでしょうから
それでオッケーということで。(何がや!!)

今回は背景と重なる文字が少しでも読みやすいように白い影をつけてみました。
そのためちょっと重いかもしれませんが、ご勘弁を。

つーか、いい加減自分の実話混ぜるのやめような、私。
(『ゲロンパ』と社会科研究同好会。)


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